FC2ブログ

Casa de la Música

since Mar 24. 2005

テストを重ね、試行錯誤と苦労の果てに、我が家のレッスン室は線だらけです。マイクを立て、録音機に繋ぎ、ノートパソコンへ。これで私の音と声はまともに送られる。ノートはスピーカーと繋ぐ。これで相手の音と声はクリアに聴こえます。


これは先週のレッスンの様子。オンラインレッスン第一号の生徒さんと、一緒にyoutubeのPlink, Plank, Plunk!観てます。
まだ新一年生だしオンラインなんて初めてだし、普段は一人のレッスンだけど今日は同室にお母様がいらっしゃるから、初回は40分で様子見て...と言ってましたが、気持ちを全く逸らさずついてきてくれたから、延長。結局いつも通り、60分のレッスンができました。

後でお父様に「めちゃくちゃ楽しかった!」と報告してたと聞き、ほっと安堵の息をついています。急なことで準備間に合わずもやむなしの中、素早くご対応頂きペースを乱さずレッスンができています。感謝です。

不便は色々あるけど、できる中で可能な限り準備するよね。また今週、タブレットで会いましょうね〜
2020.04.18 21:21 | つれづれなる煩悩 | トラックバック(-) | コメント(0) |
先日、ツイッターで愉快な会話をしたので、その時のことを書いてみます。

テンポが速い/遅いって使っているのを見聞きすると、いつもなんとなく変な感じがする、とつぶやいたのがきっかけ。だって速い/遅いのは、テンポじゃなくてビートつまり拍だよね。例えばメトロノームがわかり易いよね。というのがその理由。…それだけ?それだけです。

tempoとはイタリア語で(速さではなく)「時間」を表すそうですが、演奏における時間について、速い遅いで済ませるのは寂しすぎる。その時間まるごとを示すという意味では、「空間」というイメージが感覚的に近い気がしています。あるいは、「状態」。そうツイートしたら、
2014.10.03 23:33 | つれづれなる煩悩 | トラックバック(-) | コメント(0) |
只今、ウィーンからスザンナ・シュペーマン先生が来日中 先週は我が家にご宿泊で、各地での公開レッスンを始め、自宅でのプライベートレッスンまで、生徒さんたちにたくさんのインスピレーションを与えて頂きました。特に自宅レッスンは、卒業した生徒さんも含め熱心な申し込みがあり、とても嬉しかったです。スザンナさんも、時間を延長して17時から23時半まで、休憩も取らずご指導くださいました。

この日は夫の調子が悪く、あろうことかほとんどの時間で私が通訳に入ることに。あ~なんということだ~ 頑張ったけど最後らへん朦朧として、「レフトハンドオンリーでトライしてみましょう」って訳した(?)時にはもう…。緊張で赤い頬の生徒さんと、同じく緊張でどきどきのお母様と一緒にげらげら笑いました。

でも、楽しかった!スザンナさんは平易な英語でわかり易い発音をしてくださるので、そしてピアノのレッスンだから、なんとかなりました。通訳って「その言語でコミュニケーションできる」(のも私には難しいけれど)とはまた別の難しさがありますね。外国語ができる人、通訳ができる人、ほんとうに格好いいです憧れちゃうな。
2014.04.15 12:15 | つれづれなる煩悩 | トラックバック(-) | コメント(0) |
たまに訪れる「やくたいもないことをゴチャゴチャ考えてしまう」ヘンテコな波がありまして、今まさに真っ只中。一言で表すなら「私はいかほどの者でもない」という思いです。しかしながら、レッスンにしろ舞台に上がるにしろ、ある程度の自信がなければ怖くてとてもできたもんじゃないです。欠けたものではない方に目を向けて。

しかもそれは他者との比較に因っている。そうです。どんなに理想を並べたところで、私が選ばれまた選ばれない理由は、私が何かを選び或いは選ばない理由と全く同じ。
2013.01.23 15:41 | つれづれなる煩悩 | トラックバック(-) | コメント(2) |
月曜からピアノの部屋に閉じこもって、ヴァイオリンの伴奏と、ライネッケのフルート協奏曲と、11月3日に弾くシューベルトのファンタジーを練習中です。

仕事などのため、練習できるのは木曜までの4日間だけ。1日で仕上げる人だっているのですけど、何しろ私はふだん古靴下のように伸びきっているもので、あまりの落差にちっこい目もびっくりして大きくなりそうです。ならないけどさ。

引き受けたのは自分自身とは言え、なんでこんなにキュウキュウなんでしょう。重なる時は重なるものですね。大変だけど幸せなことでもある。4日というのは初めてで不安だけど…でも考えてみたら、今に至るまでの経験には全て「初めて」があったわけだし。全部乗り越えてきて(やりすごして?)今があるんだし!!

怖くて寝られずブログ更新しちゃったけど、あと1日!がんばりマス!
2012.10.24 23:15 | つれづれなる煩悩 | トラックバック(-) | コメント(4) |
昨日の記事にさっ様がくれたコメント。それは、コンクールが、本物の通用する大会であるように、という祈りでした。簡潔で素敵なこの一文によって、なんだか色々考えさせられたので今日も!書きます。

最初に感じたのは、当たり前のことが当たり前でなくまかり通っているんだなぁ、でした。本物が通用するのは当たり前、でも必ずしもそうでなかったりするから、わざわざさっ様も「祈って」くれたわけで、改めて考えてみたら変な事態です。線引きがなされ「偽物でも良いカテゴリー」みたいなのが生まれているなんて。ま、「楽しむ」という言葉に変換されれば、耳あたりだけは良いんですけど…。

そもそも本物に向き合うことと楽しさって、両立しないんだっけ?

私は私で、コンクールの時「まさかここで原典版の演奏に出会えるとは!」ってすごく嬉しかった。この「まさか」という驚きは、私自身が彼らを「愛好家だから」という括りで見てた証。知らぬ内にかけていた、濃い色眼鏡。

もちろん私は、完成度や成熟の具合について考えているのではないです。本物と偽物、どちらの線上にいるかってこと。どんなに完成度が高くったって、偽物は偽物ですからね。大人も子どもも、プロフェッショナルでもそうでなくても関係ない。演奏者の所属するカテゴリーではなく、扱ってるモノが「本物か偽物か」しかないのです。

これは、自分が弾く時もそうだけど、レッスンする時にも重要な意識だなぁと感じています。私にとってはネ。

絵を好きな人が、ある画家の画集を買うのに、他人の描いた「模写集」はまず欲しがらない。プロの美術家がそれを勧めることもないでしょう。それと似ている気がしたの。たぶんね。

重い一石を投じてくれたさっ様に感謝
2012.09.08 00:34 | つれづれなる煩悩 | トラックバック(-) | コメント(3) |
この時審査員としてお世話になった、大人のためのピアノコンクール「エリーゼ音楽祭」。後日、事務局から電話があり、参加された方が私のレッスンを受けたいとのこと。今日はその約束の日でした。

この方のコンクールでの演奏は、今でもよく覚えています。なぜなら原典版を使ってる人だったから。もちろん「ただ使ってる」だけじゃ私にはそうとわからない。つまるところ「演奏が」原典版によるものだったということです。原典版を選択し、それによる演奏を導き出す。作曲家とあるべき作品へのリスペクトの姿勢。アマチュアだとか愛好家だとかを越えた一人のピアニストの姿だと、大感激して講評を書いたものでした。

その講評をご覧になり「わかってくれてはるー!と思って嬉しくなって、どうしても全国大会の前にもう一度お目にかかりたかった。」と、この暑いのに遠路はるばる2時間以上かけて来てくださいましたよ。この方がここにいらっしゃるまでに使った大きなエネルギー。審査員冥利に尽きるとはこのことです。

彼女の見事な演奏なら、原典版を研究しているとわかって当然。私が特別な講評を書いたわけではありません。でも、こんな風に重くしっかりと受けとめてくださるのだと、改めて身の引き締まる思いがします。数ある講評の一つずつを、絶対にいい加減にできないって思いました。

審査でも、レッスンでも、演奏会を聴く時でも。きちんと耳を傾けないといけない、と褌の紐を締め直しているところ。そして、わかりたいと思いました。もっともっと、わかる人になりたい。演奏者の全霊をかけた演奏を、受け止め、見抜けるようになりたいと感じています。
2012.09.07 01:01 | つれづれなる煩悩 | トラックバック(-) | コメント(2) |